面白いドラマを創るコツ  更新日時:03/08/09





面白いドラマを創るコツはいろいろあるけれど、まず、
「相反するものを結びつけよ」だネ。

AとBとは常識的に考えてもとうてい結び付かない。
だが、それ奇想天外なアイデアで結び付ける、と言うことだ。

この手法は推理ドラマでよく使われる。
例えば、いかにも犯人らしい人は犯人でなく、絶対犯人では
なさそうな人が犯人だった、とうようにネ。






ロシアからのチャーター便  更新日時:03/09/13





朝、アバチャホテルの左側にあった公園で散歩する矢口。

ロシアからの特別チャーター便による「カムチャツカ釣りツアー」への参加が
決ったとき、大きな期待感に胸をふくらませる一方で、ちょっとした不安もよぎった。
ロシア製の飛行機ってどんな飛行機だろうか・・だった。

「宇宙船ミール」を打ち上げる技術を持った国の飛行機じゃないか・・・
と心には言い聞かせてはみるのだが、「ホントに大丈夫かなァ・・・・・」というのが
正直な気持ちだった。早い話、ボクらが日頃利用している飛行機は、
大半がアメリカのボーイング社製なわけで、ロシア製の飛行機は見る機会もほとんどなく、
イマイチ信頼感が持てない、というのが本音だった。

これには理由がある。もう二十年前の1983年のことだが、この年ボクは
かなり長期にわたって中国旅行をしていた。
目的は「釣り」で、1983年の十月から半年ばかりの間に三回、延べ日数にして
六十日余りの間中国各地を釣りまくった。



この旅行の成果として「釣りバカたち・中国垂釣編」を著わしているが、
それはさて置き一回目の釣行の折山東半島のイェンタイからチンタオまで
飛行機で移動することになった。
その飛行機が、実はロシア(当時はソビエト)製だったのだ。

乗って驚いた。六十人乗り程度の国内近距離用の小型ジェット機だったが、中の座席が
全てパタパタと床に伏せられていて、それを人手で起して乗るという仕掛けになっていた。
しかも当日は定員の半分ほどの乗客しかなく、乗客は飛行機のバランスを保つよう
左右に均等に振り分けて着席させられ空席の座席は前倒しに伏せられたままだった。

更に驚いたのは、その伏せられた座席に、さっき預けたばかりの乗客の
荷物が積み込まれたのだ。
それも乗客同様左右のバランスを取るように・・・・である。
幸い好天にも恵まれ、一時間半余りのフライトも、どうにか無事に着陸と
なったのだが、まんじりともしないひとときだった。

そんな想い出を秘めながらチャーター機の到着を待ったわけだが、低くたれ込めた雲間から
舞い降りて来た機体は、惚れぼれする程にカッコいい「ツポレフ154型機」だった。

二十年の歳月を思い浮べながら、
ボクはいつの間にかホッと胸をなで下ろしていた。





ロシア料理の味更新日時:03/09/15





なんだか酔っ払ってる矢口(オヤジだなぁ〜)

日本人にしては全く珍らしい・・・とよく言われるが、実はボク「味噌」が大の苦手である。
いや・・・・苦手などと言う半端なものじゃない。

「大っきらい!!」、「見るのもイヤ!!」なのだ。

と言いながら不思議なことだが、トレーニングの甲斐あって今日では「味噌汁」だけは
どうにかイケるようになった。・・・が、どこでも食えるというわけにはいかない。

おふくろや妻が作ったもの、あるいは料亭や温泉旅行の朝メシについて来るものはOKで、
その他はその場の状況や雰囲気によって違ってくる。

しかし、とにかくボクがきらいなのは「生味噌」である。

だから、味噌あえや味噌だれで食べるもの、味噌をこってり塗りたぐって
焼いた田楽などの類は全く手が出ない。
手が出ないばかりか、例えば隣りでモロキュウなんかをほうばっている
ヤツがいると、蹴飛ばしてやりたくなる。

かなり以前のことだが、某出版社の編集長に誘われて食事をし、その後
銀座のクラブに流れて飲んだ。

クラブというところはたいてい照明のルックスを絞り、いわゆるほの暗いムードを
かもし出している。おそらくそうする事によってホステスさん達の
見栄えを良くしようという演出なのだろうが、ボクはそのワナにまんまと
引っかかってしまったのだ。

つまり、そんなほの暗いなかで突然 A 嬢が
「ア〜ン」とばかりにボクの口にフォークで
さした何かを運んで来た。いいムードにすっかり鼻の下をのばしていたボクは、
何の疑いもなくパクリと口にふくんだ。

ふくんだとたん、ボクの鋭敏な味覚は
「それ」が何であるかを察知し、
まっしぐらにトイレに駆け込んでいた。
味噌をたっぷり塗りたぐったコンニャクの刺身だったのだ。
あわれボクは便器に顔を突っ込み
「ゲーゲー」と、それまでいただいた
食事さえも吐き出していた。

なんでそこまで味噌がきらいになったのかは、拙著「9で割れ!!」に
触れているので、是非
「それ」を読んで欲しい。

とにかく
「あの色」がボクには許せないのだ。

しかし、人間には誰にでも大なり小なりの好き嫌いはあるだろう。
そして、「何故嫌いなの・・・?」と聞かれても、うまく説明出来ないことも
良くあり、結局「嫌いなものは嫌いさ」ということで終ってしまう。

ところで、そんな好き嫌いのあるボクだから、カムチャツカ行きが決った
ときは「不安」が少なくなかった。
ただ、結果としてはロシア料理の調味料の基本は「塩」だったので、安心
して食べることが出来た。

決しておいしいという程の料理ではなかったが味噌が使われていない
だけに無駄な神経を使わずに済んだ・・・・というべきだろう。





ヒグマの巣のなかで更新日時:03/09/15





「・・・・と言うことは、ロシアという国は若干アバウトな面があるということですか・・・?」

国土が広いだけに何事につけてもおおらかな国で、なかでも時間には
ルーズだと聞いたので、ボクがそう質問すると、事情通のコーディネーターは
苦笑しながら答えた。

「若干ではなく、かなりのものデス」

百聞は一見にしかずだった。

朝の8時30分には飛び立つはずのヘリコプターが、二時間待たされた。
強風等で飛べないと言うのなら理解も出来るが、天候は上々なのだ。

とにかく、釣りに行く足として初めてヘリコプターに乗った。おそらく、70年代に
造られた軍用のヘリだろう。定員は二〇名。兵隊と銃器や弾薬を運ぶための
ものだから、およそ乗り心地などという点には全く配慮されていない。

座席などはむき出しのジュラルミン板である。

この日の日本人の参加者はボクを含めて十三名。

どの顔も笑顔は囲っているが、不安感はありありにつのっている。

だが、飛び立ったら気分は一変した。ヘリで釣りに行くという初めての体験に
心が躍ったのか、結構快適ではないか。下界を矢のように置き去りにして、
次々と新しい風景が展開する。爽快そのものだった。

と、通訳が大声で下界を指さした。あわてて見下ろすと、ツンドラの繁みの
間を逃げ惑う二頭のこげ茶色の毛並み。

「ヒグマだっ!!」

カムチャツカ半島は、面積にして日本の一.三倍である。
そのなかに人口は33万3000人。
ほとんどが手つかずの自然で、その自然の住人は8000頭あまりのヒグマ。
世界でも有数のヒグマ密集地だと言う。

現実だった。背筋に冷たいものが走った。

操縦士は、そんなボクらの恐怖心を笑うかのように、ひとしきり逃げ惑うヒグマを
追跡してみせた。これから着陸するであろう釣り場のことを思うと
十三人の顔は誰も真顔になっていた。

およそ五十分、距離にして150kmは飛んで目的地「ワヒール川」が
見えてきた。着陸地点は、その川の小砂利が堆積して出来た川原だった。
轟音を発して旋回するペラの風圧を受けて川原に砂塵が舞い、周囲の
繁みも大きく波打つなかに、ヘリは無事到着した。

さあ、カムチャツカの釣りの開始である。

予定より2時間も遅れたヘリ。

上空から見下ろす風景はサイコ〜!

ヒヒヒ・・・皆、怖がってんぜ〜

ワヒール川






「ナイアガラ」・・・更新日時:03/10/28





本日、64歳の誕生日を迎えた矢口。
矢口が着ているカシミアのセーターは、家族からの誕生日プレゼントpart-1。


くだものの秋もグンと深まって、残すところは富有柿(ふゆうがき)とリンゴのフジ、
ミカンぐらいになってしまった。

それにしてもこの秋も、多くの方から様々なくだものをいただいた。
なかでも、ボクの郷里から毎年送られて来る
「ナイアガラ」というブドウは、ボクが
一番好きなくだものの一つなので、一粒一粒をしっかりと味わって食べた。

ところで、
「ナイアガラ」というブドウをご存じだろうか。
いわゆるブドウ色(紫)に熟れる種類ではない。
黄緑色の粒だが、熟れるとちょっと黄ばんだ感じにみずみずしく透けて来る。
コレが食べ頃の
「ナイアガラ」だ。



結婚40周年の時に娘2人からパジャマをプレゼント。仕事以外は、
ほとんど家にいるので活用してるみたい(笑)


ボクは東京に住んで三十余年になるが、スーパーや八百屋さんの
店頭でお目にかかったことは一度もない。

試しに銀座に出た折高級果物店をのぞいてみたら、やはりなかった。
で、店主に伺ってみると、

「一部の地方で好まれる品種で、都会ではあまり評判も良くなく、入荷しないのだ。」

との答えが返って来た。

たしかに
「ナイアガラ」という品種は、外観的に見栄えがしない。
巨峰のような風格もないし、マスカットのようなエレガンスに欠ける。
そして、その味には突出した甘さがあるわけではなく、むしろ控え目で、
ネクターのような
「ねっとり」とした甘さなのだ。
しかし、香りはバツグンである。一房お盆に乗せて部屋のテーブルの上に置いただけで、
たちまち部屋中に
「アロマ効果」が満ちて来る。

これがいいのだ・・・・・・・

しかし、やはり高級果物店の店主が言ったように、やはり一部の地方で
好まれる品種なのだろう。ボクの郷里・秋田県南部では今日でもかなり作られていて、
シーズンには国道わきに直売のテントが立ち並ぶほどの人気なのだ。

そう考えたとき、ボクが
「ナイアガラが好きだ」という理由に思い当った。

その味を、乱暴に表現すれば、見栄え同様に
「田舎くさい」のである。
ボクはそこが好きなのだ。

近年は品種改良が進み、種々果物や野菜等の風味が洗礼されて来ている。
大根ひとつを取っても、辛味が消え、大衆に好まれる甘い風味に変って久しい。

一方では、その逆を好む人たちのために、「辛味大根」という品種も見直されてはいるが、
なんとなく野菜や果物の風味が画一化の方向に進んでいる気がしてならない。

その点
「ナイアガラ」は田舎くさく、懐かしい風味ではあるが、
一本筋の通った頑固さがある。

ボクが好きな理由は、おそらくそこにあるのだろう。

だが、近年高級品種に押され、
「ナイアガラ」の作付面積が減る傾向にあると聞く。
だからボクは知り合いの果樹園にこうお願いしている。

「どんな品種を導入しようとも、ボクのために三本だけはナイアガラの木を
残して欲しい。その三本のオーナーはボクが引き受ける・・・!!」
・・・
と。





娘たちの成長・・・更新日時:03/11/20





ボクには二人の娘がいる。その娘たちの成長期にボクは、何の制限も設けずに
マンガの本を沢山読ませた。自分そのものがマンガを描いているわけだから、
読ませるのも当然と言えるだろうが、わが家には出版各社から毎月七〜八十冊
もの週刊誌や月刊誌の献本があるのでそれを自由に読ませたのだ。

自由にとは言っても、もちろんボクには考えがあった。
仮に手当たり次第に読んだとしても、きっと成長過程に見合った作品を好むように
なるだろうし、そこから良質な作品をチョイスする判断力もついてくるに違いない、
と考えてのことだった。

そんな娘たちが中学生になったある日、ボクの作品をどう思うかを聞いて
みたことがある。すると、実に明快な答えが返って来た。

「パパのマンガは、ゴチャゴチャ描き込み過ぎて読みにくい・・・・・!!」

思わずズッコケそうになった。その頃の娘たちは少女マンガに熱中していた。
言われて少女マンガを見ると、あまりバックが描かれていない。
少女マンガ家たちはきっとバックを描くのが苦手か、そういうトレーニングを
していないのだろう。

いや、そんなことを言ったら大きな誤解を招きそうなので、言葉を改めよう。
大胆にバックを省略することにより、作品の透明感を際立たせ、少女読者の
心に深く食い込もうとしているのだろう。
そう考えると、娘たちのアドバイスに「なるほど」と頷かざるを得なかったのだが、
ボクは胸を張ってこう答えた。

「パパは、手を抜かずに隅々までていねいに描いた絵が大好きなんだヨ・・・・」

顧みて、マンガ作品はどれにも言えることだが、かなりのパワーと集中力が
なければ描き得ない。なかでも「野性伝説シリーズ」は作品の性格上、最も
パワーと集中力を必要とする作品だった。もっとわかり易く言えば、この作品の
生命は「距離感」をいかに粘り強く描くか、だった。
追う者と追われる者、襲う者と襲われる者、狩る者と狩られる者の位置関係、
すなわち距離感を具現化して見せなければ成立しないドラマだった。

「野性伝説」のタイトル通りに、全編の主人公は動物をも含めた全ての「野生」
そのものだった。動物たちを生々と描こうとすれば、必然的にその背景となる
山川草木はもとより、風や吹雪や雪庇さえも活写しなければならない。
いや、背景が生々としているからこそ、動物たちも生々と呼吸してくれる、
と言ったほうが適切かも知れない。そのために、最大限のパワーと集中力を
傾注しなければならない作品だった。

そんなボクの意図が成功したかどうかは、読者の皆さんの評価に委ねるしかない。
だが、仮にいくばくか成功していたとすれば、その要因はボクのこだわりに因る
ところが少なくないだろう。
手を抜かずに隅々までていねいに描いた絵が大好きなんだヨ・・・・・
というこだわりである。

ちなみに、今日「野性伝説」に対する娘たちの評価は
「パパの作品のなかではベスト3に入る力作」・・・・だそうである。
どうやら娘たちも、ボクの作品が理解出来るようになったようで、
父としてもうれしい限りである。


(このコラムは、文庫版「野性伝説」の最終巻のあとがきとして書いたものです)





「ワニる」=秋田弁講座 その1更新日時:03/11/20





今日では、テレビやラジオの普及でそれほどでもなくなったと聞くが、
やはり東北のいわゆる「ズーズー弁」を使う地方の人たちには一様に言葉に
対する「コンプレックス」がある。

ボクは、一応標準語は使えるが、長いこと(三十歳まで)秋田県人をやっていて、
日常的に秋田弁のみを使っていたので、どうしても訛りが抜けない。
だからと言ってひどいコンプレックスに感じたことはないが、やはり心のどこかでは
きれいな発音をする東京の人たちをうらやましく思う時もある。

その点「三平くん」は、どこへ行っても誰と会っても堂々と秋田弁を丸出しにする。

これは、ズーズー弁のために卑屈になっている人たちへの
エールとして意識的に描いているのだ。

言葉を換えて言えば

「卑屈にならずに自信を持って堂々と生きよう・・・・・!!」

というボクのメッセージでもある。

最も厳密に言えば三平くんの言葉は正確な秋田弁ではない。
やはり全国の読者が読むわけだから、標準語的秋田弁と言った方が適切だろう。

しかし、方言には標準語(もしくは共通語)では表現し得ない言葉が沢山ある。



秋田弁のなかに「ワニる」という言葉がある。
秋田県と言っても、ボクの郷里の県南地方で広く使われている言葉だが、
標準語のどんな言葉を当てはめても、そのニュアンスにピタリと来るものはない。

「ワニる」とは、瞬間的に示す人間の顔の表情を指す言葉である。
例えば、テストの時カンニングがバレたとしよう。
あるいは、浮気現場で奥さんに踏み込まれたという場合でも良い。
一瞬心臓が破裂し、顔面からはサッと血の気が引くことだろう。

とにかく笑いとも、ベソをかいたともつかない微妙な表情になり、
顔が引きつってしまうだろう。
この表情は一瞬だが、止めようとしても止まらない。
おそらく不随意筋のなせる技だろう。
こんな表情を秋田弁ではズバリ一言「ワニる」と言うのだ。

この表情の後に人間は我に返って言い訳をするなり、反撃に転ずるなり
ただひたすら謝ることになる。

つまり、この一瞬の固まって引きつった表情が「ワニる」なのであって、
「バツが悪い」とか「引きつった」などでは表現し得ない。

今回のコラムは秋田弁の「ワニる」を採り上げてみたが、
好評であれば続編を書いてもいいと思っている。

ではまた・・・・・・・





秋田弁講座 その2&3更新日時:03/12/10





「シナい」=秋田弁講座-その2

例えば、キンピラゴボウやスルメがなかなか咬み切れない状態だとしよう。
東京弁や標準語ではこんな場合

「このキンピラゴボウ(あるいはスルメ)固くて食えないワ・・・・・!!」

と言うことになるだろう。
そう、「固い」、あるいは「堅い」、「硬い」と表現する。

だが、秋田弁で「固い」とは、折ったらポッキリと折れる枯枝や、ハンマーでたたいたら
パッカリ割れる岩や石のような様を指す。
キンピラゴボウやスルメは、決して折れたり割れたりはしない。

そんな様を秋田弁では「シナい」と表現する。

「このキンピラゴボウ(あるいはスルメ)シナくて食えたもんでねぇ・・・!!」となる。

「シナい」は字に宛てると「撓い」であり、しなやかなことの意である。
釣り竿がシナるとか、しなやかな姿態のバレリーナなどの用語例もあるだろう。
キンピラゴボウやスルメは決して「固い」のではない。

「シナい」のだ。

多分、陽水か裕次郎の歌を
熱唱しているんだと思う。
歌い始めるとなかなかマイクを
離さない矢口。
店中に広がる矢口の歌声・・・・
同情します・・・・・

矢口の歌声に酔った川鍋さん。
何故か男同士でダンスを始めた。



「エズい」=秋田弁講座-その3


目にゴミが入って涙ポロポロの状態のとき、東京弁や標準語的表現では
「痛い」となるだろう。だが、秋田弁で「痛い」は、つねられたり叩かれたりあるいは
包丁などで指先を切ったような場合に使う言葉だ。
目にゴミが入って涙ポロポロの場合、前記のごとき痛覚は決してない。

秋田弁ではそれをズバリ一言「エズい!!」と表現する。

ところで「エズい」は、「東海道中膝栗毛」にも使用されているので、
江戸時代には極く普通に用いられていた言葉だったようだ。
ただし、当時は「気持ちが悪い」、「おそろしい」、「いとわしい」の意味だったようで、
秋田弁のそれとはかなりニュアンスが違うように思う。

つまり、「言葉」というものは常に流行りすたりのなかにあり、長い年月の間には
別の表現が現われて、使われなくなってしまった古い用語も多い。

そんなすたれてしまった古い言葉が、時としては多少の意味の違いは
あっても「方言」のなかに残り続ける例も多い。
東北地方の方言のなかには、そうした古い大和言葉や万葉言葉が実に
多く残っているように思う。

重ねて言う。目にゴミが入って涙ポロポロは、決して「痛い !」のではない。

「エズい!」のだ。






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