矢口高雄の独り言


明けましておめでとうございます。更新日時:04/01/01





ホームページにアクセス下さった皆さん、

「明けましておめでとうございます・・・・・!!」

昨年は、平成版「赤沢堤の主」一本しか発表出来ず申し訳けございませんでした。
しかし、三平生誕30年という区切りのよい年に当たり、昭和版とも言うべき「釣りキチ三平/CLASSIC」
創刊という事に発展し、新作を描く時間もないほどのあわただしい日々を過ごすことになりました。

そんななかで、最も思い出深かった出来事は、カムチャツカへの釣りの旅(3泊5日)でした。
北の涯での鮮烈な体験であり、カルチャーショック連続の旅でした。

その成果をベースに、現在平成版Vol.5として
「三平 in カムチャツカ 2004」を執筆中です。
新しい舞台の新しいドラマですので、描いてるボク自身もワクワクの連続です。

ところが、こうして描き始めた新作を
「CLASSIC」に描き下ろし連載をしようという企画が
急きょ持ち上がり、読者諸兄の手元には昨年末までに2回分お届けする結果となりました。
ひとえに皆々様のご支援の賜と深く感謝申し上げます。

本年はとにかく、
「三平 in カムチャツカ」編を鋭意執筆することになるわけですが、
桜の花の咲く頃には素敵な企画を準備していますのでご期待ください。

本年もよろしくお願い申し上げます。

矢口高雄






「私詞」        更新日時:04/01/18

    



貧しさは勤勉な豊かさを産み出す。

豊かさは怠情な貧しさを産み出す。



つい先日テレビのトーク番組に一人の青年が出演していた。
青年は一台のオートバイにまたがり、アフリカ大陸縦断、ロシア大陸横断の旅をしたという。

アフリカではバケツ一杯の水が貴重だったこと、ロシアではデコボコの悪路に悩まされたこと
等々を実にユーモアたっぷりに語っていた。

そんな旅を終えた青年が日本に帰国して実感したのは、集約すれば
「日本ってなんと豊かな国だろう・・・・・!!」ということだった。

が、青年はその豊かさを二つの言葉で表現していたのが実に印象深かった。

一つ目は「蛇口をひねれば水が出る」

二つ目は「道が真っ平らなこと」

私達日本人、とりわけ昨今の日本の若者達にとってこの二つは、
日常的に当り前のことであり、取り立てて有り難いこととは思っていないだろう。

しかし、そんな国は世界中でほんのひと握りしかなく、大半はひどい貧しさと不自由さに
あえいでいる、と青年は自戒を込めて語っていた。
ボクの私詞は、そんな青年の言葉から思いついたものだ。

今年もそうだったが、昨今の「成人式」での一部の若者達の体たらく振りはなんだ。
まさにボクの私詞そのものではないか。





>耐え忍ぶ方法   更新日時:04/02/04

    



ジムの休館日と、所用(例えば地方での講演やサイン会)で不在の日以外は、
ほとんど毎日プールに通って、せっせと水中ウォークに勤しむ昨今である。

とりあえず五百メートル歩くことを日課としている。・・・が、黙々と歩くだけだからさしたる楽しみはない。
極くまれに容姿のいいご婦人が泳いでることもあるが、ほとんどがウエストがどこにあるのか
赤マジックで線でも引いてくれないとわからない様なご婦人達なので、ただ真っ正面を見据えて歩く。
歩きながらストーリーでも考えれば良さそうに思うだろうが、これがそうはいかない。
プールを何往復したかわからなくなるからだ。

ジムでの唯一の楽しみは、サウナだ。汗をビッショリかいて、体重計に乗る。
五百グラムでも減っていようものなら、うれしさが心の底から込み上げて来る。

ところがこのサウナ、息苦しくて耐えるのが大変だ。とてもストーリーなんて考えられない。
時計を見ながら必死に耐え続ける。何故こうまでして耐えなければならないだろうかと
思うこともなくはないが、全てがその後の爽快感にある。
水風呂だ。
耐えに耐えて、汗を絞って飛び込む
水風呂の爽快感は、何とも例えようがない。
そして、一気に飲み下すミネラルウォーターのおいしいことよ。

ところでこのサウナの中で耐え忍ぶ方法はないものかと、あれこれ試みたことがある。
古い歌だが
「戦友」という軍歌がある。この歌には歌詞が二十番ぐらいあるので、
それを心の中で歌ってみたら、時のたつのも忘れていた。
これはいい事を思いついたと、二、三日繰り返したら、飽きてしまった。

で、最近新しい方法を発見した。それは、パッと顔が浮かんだ人宛てに
「手紙」を書くことである。
相手はもう誰でもかまわない。親でもいいし兄弟でもいい。
同級生でもいいし、むかし別れた女性でもいい。
相手に詰ったら秋篠宮殿下でも、松嶋菜々子でもいい。

と、まあ・・・・・そうやって心の中で
「手紙」を綴り汗の時間を耐え忍んでるってわけサ・・・・・・・。





日本の美術教育に思う   更新日時:04/02/28

  



ボクはこの数年縁があって、福岡県の矢部村という小さな山村の教育委員会が主催する
小・中学生を対象とした「絵画コンクール」の審査員に任命され、審査に当って来た。

矢部村は、村の大半が山林という地形で、その昔より優れた木材(杉)を産出する林業で
成り立って来た。コンクールもその土地柄にちなんで「世界子ども愛樹祭コンクール」と銘打って
今年で13回を数える。つまり応募者はもちろん近隣の小・中学生が多いのだが、
「世界」と銘打っただけに近年は外国からの応募も増えて、応募総数は毎年三千点を
超える盛況振りである。

なかでも目を引くのはラオスとスリランカからの応募作品で、この両国の作品がついに
昨年(12回)に引き続いて2年連続上位の賞を独占してしまった。

とにかく、この2国の作品レベルの高さは驚くばかりである。画材はお世辞にも良くはない。
が、絵に向う子ども達の姿勢が実に真面目で、ていねいで、それでいてダイナミックで、
しかも優れた色彩感覚が日本の子ども達のそれを圧倒して輝いていた。
もちろんそこには、それぞれの国の子ども達を育む風土や、民族の伝統的な感性という点も
色濃く感じられたわけだが、それ以上に今日の日本の美術教育とは違る「何か」を
感じざるを得なかった。有り体に言えば、日本の子ども達の作品がかなりひいき目で
見たとしても見劣りがしたのだ。

ボクは、今日の日本の学校がどんな美術教育を行っているのか、その実態はほとんど
知らない。しかし、作品を見れば概ね想像がつく。基本を教えていない。という点である。
絵画の基本はまず「見たまんま」を正確に描くことにある。それが出来てこそ、
次の段階として「感じたこと」が表現出来るのだ。

日本の美術教育は、その順序が間違っているように思えてならない。
間違った原因は「個性の尊重」という耳ざわりのいいフレーズだろう。

「個性の尊重」は確かに大切である。だが、しっかりした「基本」がなければ
「個性」など発揮出来るわけがないだろう。

発展途上のラオスやスリランカの子ども達の絵が、多くの審査員の心を撃ち、
上位を独占したという結果は、それを示唆しているように思えてならなかった。






「極限の刑」   更新日時:04/02/28

  



オウム真理教の教祖・麻原彰晃(松本智津夫)に「死刑」の判決が下った。

いわうるオウム事件と言われる13事件のすべてを指示したと認定され、
「不特定多数への無差別テロにまで及んだ犯罪は、救済の名の下に日本国を
支配しようと考えたもので、極限とも言うべき非難に値する」

が判決の理由だった。

つまり、この場合の「死刑」は、刑のなかでも最も重い
「極限の刑」と言うことが出来るだろう。

しかし、いかなる「極限の刑」が下されたとしても、被害者や、
遺族の心は決して晴れることはないだろう。

被害者や遺族の無念を晴らす道はただ一つ
「私の教義はあまりにもあさましく愚かしい限りの誤りだった。これにより多くの方々に
与えた苦痛に対し心よりお詫びする。と同時に、本日をもって教団を解散する」


と宣言し、潔く刑に服することだ。

でも、ムリだろうナ・・・・・・・






1グロスのGペン   更新日時:04/03/05





ボクは日頃Gペンを愛用している。まだ銀行マンをしていたアマチュア時代に使い始めたのだが、
様々のメーカーのそれを使用しているうちに、ボクのタッチにしっくり来るものが見つかった。
タチカワペンの
「No.3 硬質クローム」というGペンだった。

プロになって何年かした頃、それまでは細切れに買っていたのだが、同じメーカーのものでも
その年の原材料や製造過程に原因があるのか、描き心地に微妙な差違のあることを発見した。
これでは画質を一定に保つことが出来ない。そう考えたボクは直接タチカワの本社にデンワをし
思い切って大量100グロス(1グロス=144本)を購入した。

これだけにストックして置けば、アシスタントの使用分を考慮しても、
おそらく一生品切れにならないだろう、とほくそえんだものだった。

そんなボクが今日(3/4日)何箱目かを使い切り、新しい1グロスの封を切った。

ところでマンガ家はペン先を一年間に何本使用するかという疑問がわいて来るだろう。
もちろんそれは生産する原稿枚数に比例するだろうし、言葉を換えれば多作なマンガ家ほど
多くのペン先を使用することは言うまでもない。その点で行けばボクは画質が画質だけに、
ペン数は多いだろうが、決して多作ではない。ただ、自分の仕事の勢いや、流れを見るには
格好のバロメーターではないかと考えて、1グロスの封を切る度に、その箱の裏側に
使用開始と使用終了の日付けを記して来た。

その記録の一端を紹介しよう。

95/09/17〜96/08/26
97/07/03〜98/05/22
00/06/12〜01/11/03
02/11/05〜04/03/04


この日付でわかることは、ボクは1グロスを使い切るのにほぼ一年を要している、ということである。
だが、なかには一年半や二年近くもかかっている年もある。
おそらくそんな年は仕事運に恵まれず、あまり多くの原稿依頼がなかったことを
意味するわけで、マンガ家生活の浮沈を見る思いである。

さて、そんなわけで今日新しいグロスの封を切ったのだが、日付を記しながらこれまでに
味わったことのない思いにかられた。

果して次のグロスの封が切れるだろうか、という思いである。
つまり、ボクは今年の誕生日を迎えると65歳を数える。

せめて、もう1グロスは封を切りたいものだ。





アクセスして下さるファンの皆さんへ   更新日時:04/04/01





ボクのホームページも本日(4月1日)をもってどうにか「開設満一周年」を迎えることが出来ました。
ひとえにファンの皆さんのおかげだと感謝申し上げます。
今後も「楽しいホームページ」を目ざし、より一層内容の充実を図り、多くの情報を発信して
参りますので、アクセスよろしくお願い致します。



さて、先日北海道のYUKOさんから次のようなファンレターをいただきましたので
ご紹介させていただきます。

つい先日テレビを観ていて驚きました。
どこかの国では、何か一つの事に熱中している人のことを
「サンペイ」と呼んでいて、その由来が「釣りキチ三平」とのことでした。
では「釣りキチ三平」に熱中している私は「三平サンペイ」なのかと、
一人で笑ってしまいました。

ボクは残念ながらその番組は観ていなかったので知りませんでした。
が、それが放送された直後だったでしょうか、行き付けの寿司屋に立ち寄ったら
馴染のお客さんからそのことを知らされました。

そのお客さんが言うには、国名は
「イタリア」ということでした。

さっそく編集部に連絡して、現在真偽のほどを確かめてもらっているところです。

しかし、どうやらウソではなさそうな気がしています。
その証拠に現在、
「平成版 釣りキチ三平」がイタリアで発売される話が進んでいて、
イタリア語の翻訳作業が進行中ということです。

「サンペイ」が外国語になるなんて・・・ハハハハ・・・・・・・





アシスタント募集   更新日時:04/05/07



ボク(矢口プロ)は現在アシスタントを募集している。

応募資格は次の通り。

@ 年齢18〜23歳までの、将来マンガ家を夢見る、意欲のある男性1〜2名

A 送付書類  履歴書、自作品(コピーでも可)
「釣りキチ三平/平成版」の任意の2ページを模写

B 審査後に面接にて決定

C 送付先  
158−0083  世田谷区奥沢6−33−9〜501
株式会社  矢口プロダクション

以上





さて、こうした募集要項を例えば新聞等に掲載しようとしたら、たいていは断られる。
何故か。求める人材が「男性」という個所が、男女雇用機会均等法に抵触するからだ。
でも、ボクが必要としているのは「意欲のある男性」である。

苦い経験がある。もう30年も前のことだが女性のアシスタントを一人採用したことがあった。
他の男性アシスタントが色めき立って仕事に集中するだろうことを期待しての採用だった。

が、結果は全くの裏目と出た。
男性アシスタント全員が求愛合戦を繰り広げて、アトリエ内が滅茶苦茶になってしまったのだ。

男女雇用機会均等法の精神は十分に理解しているし、尊重しなければならないことも
わかってはいる。・・・が、マンガ制作というかなりストイックな場は、チームワークが
最も大切な場でもある。いい作品を描くためにも、是非この要項をご理解いただきたい。

意欲に満ち溢れた有望な男性の若者よ、来たれ・・・・!!!



先日、こんなファンレターをいただいた。

「釣りキチ三平/CLASSIC」で毎号プレゼントされている表紙絵のクオカードの
件ですが、何度チャレンジしてみても一度も当ったことがありません。
そこで提案ですが、これまでの分をまとめて、先生の特製ケースに納めて
販売して下さるよう講談社の担当者に進言していただきたくペンを取りました。
このクオカード、三平ファンならば誰もが入手したい必須アイテムです。
是非よろしくお願い致します。

ただちに担当者に進言致しました。近いうちに要望に叶う企画が
発表されると思います。ご期待下さい。






「B級作品」   更新日時:04/05/07



先日、マンガ界の巨匠「横山光輝氏」がお亡くなりになった。
心よりご冥福をお祈り申し上げたいのだが、天寿を真っ当うしてのものではなく、
みしろ予期せぬ非業の最期だったことを思うとき、その無念さはいかばかりだったろう。

ただただ胸に痛い思いである。

横山光輝作品は、少年の頃より愛読させていただいたボクであるが、
同業者(マンガ家)として三十有余年時代を共にしたきたにも拘らず、
一度としてそのご尊顔を拝する機会がなかった。

それが残念でならない。とにかくヒットメーカーだった。

「鉄人28号」はもとより、「魔法使いサリー」、「伊賀の影丸」、「飛騨の赤影」、
「バビル2世」、「闇の土鬼」等々、タイトルを挙げるだけでもキリがない。

しかし、そうしたヒット作を連発したにも拘らず、不思議にマンガ賞という
「賞」に縁のない大家だった。

そんな横山氏が賞に輝いたのは平成3年のことで、「第20回 日本漫画家協会賞・優秀賞」だった。

この賞は日本漫画家協会が創設した賞で、審査するのは漫画家協会員である。
つまり、プロのマンガ家がプロの作品を審査して決めるわけで、
日本に数あるマンガ賞のなかでは最も権威のある賞とされている。

ちなみにボクは、なんとラッキーなことにまだ駆け出し時代の昭和48年度にこの賞を得ている。
「マタギ」で第5回日本漫画家協会賞・大賞(グランプリ)に輝やいたのだ。

それはさて置き、横山光輝氏が優秀賞に輝いた平成3年9月30日号の「漫協会報」に、
審査員の一人だった故・石ノ森章太郎氏が次のような選評を寄せている。

「優秀賞の一人、大ベテラン横山光輝氏の諸作品は、当初からそのほとんどが
"B級作品"だった。失礼ながら・・・・・とは言わない。何故なら映画は"B級作品"が
一番面白い。小説もそうだし、マンガもまた然りだからだ。
これらのメディアが、その成り立ちから持つエンターテイメント性と、それを求める
大衆感覚がぴったりフィットするつくりをしたのが、いわゆる"B級"と称される作品だと思うからだ。

・・・が、そのあまりの俗っぽさ故に、こうした賞の対象にはなかなかなり難い、
と言うのも困った事実。・・・と言う理由から、今回の横山氏の受賞は、マンガ家が
マンガ家を選ぶという賞のひとつの見識を示すものとして、同氏とともに喜びにたえない」

この故・石ノ森氏の選評は名言であり、ボクも全く同感で、惜しみない拍手を贈ったものだった。

しかし、故・石ノ森氏の選評にもあるようにマンガ家には避けて通れない大きな壁がある。
「時代の大衆感覚にぴったりフィットした作品づくり」という難関である。
人間は誰でも年を取る。年を取るごとに作品づくりの経験(方法やテクニック)は増すが、
逆に若い読者の求める大衆感覚からは次第に遊離してしまう。
換言すれば、マンガ家にとってのキャリアは錆や垢となってこびりついてしまう、
と言っても過言ではないだろう。

横山光輝氏は、その錆や垢を見事なまでに払拭したマンガ家だった・・・とボクは思う。
つまり、若い流行のセンスに対抗する鉱脈を発見したのだ。
それは、流行り廃りのない、永久不変のテーマに取り組んだことだ。

「三国志」や「史記」がそれだった・・・・と思う。

ご冥福をお祈り申し上げます。

矢口高雄






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