矢口高雄の独り言

「あんちょこ」  更新日時:11/03/06



ボクの中学時代は貧しい時代だったので持っている人はほとんどいなかったが、
高校時代になると「あんちょこ」が大流行した。

「あんちょこ」を広辞苑で引いてみると

− 「安直」の訛りで、教科書の安易な学習書。虎の巻 − とある。

赤点スレスレで、一夜漬けを迫られた生徒の必携の書とでもいうべきものだった。

当時の秋田の片田舎のボクらには「あんちょこ」の呼び名はなく、もっぱら虎の巻を略して
「トラ」と呼んでいたが、新潟、福島、群馬、長野あたりでは「のめし」と呼んでいたことが
最近の新聞(よみうり寸評)で知った。
「のめし」とは、それらの地方の方言でなまけることを意味し、なまける人のことを「のめしこき」と言うらしい。
つまり、なまけもので、出来のよくない生徒が愛用していたわけで、
それを使うことは恥ずべき行為ではあり、カバンの奥底にひそやかに忍ばせては置くが、
人前で公然と聞くことははばかられた書であった。

時代が変わりインターネットやケータイの時代となり、「あんちょこ」が「知恵袋」と名前を変えたのだろうか。
確かにケータイを自在にあやつれる若者たちにとっては安直であり便利ではある。
しかし、投稿する側もそれに回答する側も、お互いの顔が見えないだけに、
かつての恥ずべき行為といううしろめたさが無くなっているのだろう。

試験におけるカンニング行為は愚かで、姑息で、狡猾な行為であることは、誰しもが認めることだろうが、
この世から絶えることはないだろう。ましてや便利なツールが
開発されればその手口も新手が考え出されるのは必然の理である。

「知恵袋」を駆使して新手のカンニング法を実行し逮捕された十九歳の予備校生を肯定する積りも、
弁護する積りも僕にはまったく無いが、かといってそれを指弾する指先には、
なぜか力の入らない自分がいる。

アナログ人間のボクとしては「そんなことをするヒマがあったら、もっと自分の頭を使って勉強しろ!!」
と言いたいところだが、これも説得力に欠ける気がする。

つまり、ボクらは好むと好まざるにかかわらず、そんな時代に生きている、ということになるだろう。






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