矢口高雄の独り言

かすんでしまった「クニマス」  更新日時:11/05/24



「クニマス発見」が衝撃的ニュースとして日本中を駆け巡ったのは昨年末のことである。
しかし「3.11」の大震災の前にその話題もすっかりかすんでしまった感がある。

そんななかで、山梨県の民放テレビが「クニマス」の特集番組を企画し、ボクのコメントが
欲しいと録画インタヴューにやって来たのは、もう一ヶ月前のことだ。

「クニマス」はボクの郷里秋田県の田沢湖にのみ生息する固有のマスだったが、
70年前に絶滅したと思われていた。
それが、昨年末降ってわいたように山梨県の西湖で発見されたわけで、
「今後の対応を考えよう・・・・・」というのが番組企画の意図だった。

つまり「クニマス」は、もしかしたら天然記念物に指定されるかもしれない貴重な魚である。
そんな魚を突如抱え込んでしまった形だから、山梨県としては今後の様々な対応に
迫られることが予測される。
棲息が確認された西湖には漁業協同組合があり、毎年ヒメマスの放流事業を行っているし、
それを釣ることを楽しみにしている釣り人に人気の湖である。
もし天然記念物に指定されたら、禁漁ということになりかねない。
そうなったら漁協も困惑するだろうし、釣り人にも厳しい規制が果せられるだろう。
インタヴューの論点はそこに絞られたものだった。

ボクは答えに窮した。

・・・と、その時耳元で三平くんの声が聞こえたような気がした。そうだ、三平くんならこんな
時何と言うだろう。ボクはいつの間にか三平くんになっていた。

「なんにもしなくていい」

「そのまんまでいいんじゃないかなァ・・・・・」

西湖にはクニマスの発芽卵が移植されたのは75年前のことである。
もちろん当初は食用魚としての繁殖をめざしたものには違いなかった。
・・・・が、当時の移植技術がその程度のものだったかはさて置くとして、歳月が流れるなかで
繁殖が確認されることもなく、いつしか忘れた存在になって行ったのだろう。

言葉を換えて言えば、何の保護も、人でも加えることなく、放って置かれた。
それなのに70年もの間西湖で人知れず種をつむぎ、生き続けてきた魚である。
これは奇跡的なことであり、事実である。

かつて田沢湖ではそれ専門の漁師が大勢いて、年間7万匹も水揚げされ、
人々の食用に供されていたという記録がある。
漁師たちの漁法は丈の長い、深場を探る刺し網漁だった。
水深日本一を誇る田沢湖に棲むクニマスの泳層は、他の魚とは比べものにならないほどの
深さだったらしく、その泳層に届く竹の長い網を用いた独特の漁法だったという。

西湖で起こった奇跡はその泳層を山梨県の人々は知らなかったことだろう。
ましてやその漁法も秋田の片田舎の独得のものだったため、西湖に伝えられることがなかったことだろう。
これは「クニマス」にとっては実に幸運と言わざるを得ない。

三平を気取りインタヴューに応えていたボクだったが、ふと我に返ったと奇妙な胸騒ぎを覚えた。
クニマスの存在が確認された今、まずはその生態調査が急がれるだろう。
結果その習性や泳層が明らかにされると、人間は同時にその捕獲方法も考えるだろう。
なかでも釣り人は英智の限りを尽くして釣り方や仕掛けを考案するだろう。

これら諸々のことに鑑み、山梨県と西湖漁協はとりあえずクニマスが最も多く生息していると
目される湖域の一部を禁漁区にすることを検討しているという。懸命な策である。

健全なヒメマス釣りを楽しむ一方で「クニマス」という貴重な資源を保護し、
共存しようという姿勢は、今後の西湖には必要な事である。

最後に、いつの日か本家の田沢湖に里帰りする日を祈るばかりである。






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